【公式】アニメ『ゲッターロボ アーク』

 早乙女研究所 格納庫

原作:永井豪 インタビュー 

取材・構成:藤津亮太

第1回 睡眠時間を削って働いた『ゲッターロボ』のころ 

――1972年に『デビルマン』と『マジンガーZ』が始まり、1973年に『ドロロンえん魔くん』と『キューティーハニー』、1974年に『ゲッターロボ』、さらに1975年に『鋼鉄ジーグ』と、当時の仕事量は殺人的ですね。

永井:『マジンガーZ』が高視聴率だったおかげで、次々と依頼が来ました。もうすごいですよね。今でも本当に信じられないです(笑)。どんどん連載が増えて、漫画の仕事も僕の負担も大きくなって、アシスタントもかなり多かった時期だと思いますが、アシスタントの人たちもかなりハードだったと思います。よくあんなことができたなぁ……。当時は「これはこれ、それはそれ」で頭を切り換えていたので、思い出すと、記憶がみんなバラバラになっていて時間軸がわからないんですよ。

――当時のころを描いた『激マン!』の中でも全然寝ていないという様子が描かれていました。

永井:そうですね。石森(章太郎/現・石ノ森章太郎)先生のところにいた頃から、漫画は寝ないでやる仕事みたいなことが、当たり前になっていたので、それはさほど苦ではなかったんですよ(笑)。アシスタントは、(疲れに)強い人と弱い人がいました。石川ちゃんは眠いのにはやや弱かったですね(笑)。中でも蛭田(充)君は強かったですね。彼も「それじゃ20分だけ寝かせて」と言って寝て、「20分!」と言うと、パッと飛び起きて、すぐに原稿に取りかかる。切り替えがすごい。それができるのは僕と蛭田君しかいなかったです。石川ちゃんは起こしても起こしても「うーん」とグダグダになっていて、「これはダメだ。寝かせておこう」という感じでした。

――そんな忙しい最中に『ゲッターロボ』の企画が立ち上がります。

永井:企画そのものは東映動画(現・東映アニメーション」)の有賀健プロデューサーとダイナミック企画の永井隆が話をしてスタートしました、彼(永井隆)は商売人(笑)だから、玩具の展開を見越して「主役は3体です!」と。それが有賀さんに好感触だった。それで「こんな企画をやるんだ」と説明を受けたのですが、「三機が合体変形して、それぞれが違う形になる」と聞いて「コイツは何を言ってるのかな?」と思いましたね(笑)。でも東映動画としては滅茶苦茶乗り気で、「すぐに番組になると思うので、是非やってほしい」と。そんな状態で『ゲッターロボ』はスタートしました。

第2回 三機合体のアイデアで『ゲッターロボ』スタート 

――漫画は石川賢先生が担当することになります。

永井:アニメの企画がいけそうだとなってきたところで、「連載が決まらないと最終決定が出ません」という話が出てきました。これは『デビルマン』でも『マジンガーZ』でもそうだったので「またか……」と(苦笑)。当時まだ少年ジャンプで『マジンガーZ』を連載していたし、少年マガジンで『バイオレンスジャック』(73年7月22日号連載開始)、少年チャンピオンで『キューティ―ハニー』(73年10月1日号連載開始)をやっていて……。実際には少年サンデーの『ドロロンえん魔くん』(73年9月30日号連載開始)の連載とアニメが終わって『ゲッターロボ』になるんですが、いずれにせよ僕は『マジンガーZ』があるから連載は無理だろと。それで企画段階のデザインから石川(賢)ちゃんが入っているんだから、「石川ちゃんにやってもらうしかないよ」と隆に言って「それじゃ説得してみるよ」という話になったんですよ。

――ゲッターロボのデザインはゲッター1が石川先生、ゲッター2とゲッター3が永井先生だそうですね。

永井:はい。ゲッター1はすぐできたんですが、石川ちゃんがそこから「あとは作れない」と。「1を作ったんだから全部作れよ」と言ったんですが、「作れない、作れない……」と延々やってる(笑)。なので「あとは付け足しみたいなものだから、こんなんでいいんだよ」ってその場でサラッと描きました。そうしたら石川ちゃんが「ええっ、早い~」と驚いてて(笑)。石川ちゃんは現実に上手く合体できるかどうかを真剣に考えちゃうんだけど、「アニメはウソが効くから、そんなの考えなくていいんだよ。合わなくても絵でゴマせるから大丈夫」と。

――そうして石川先生による『ゲッターロボ』がスタートします。

永井:石川ちゃんの場合は、僕に近い絵が描けるし、アクションシーンの演出をやるのが上手い。だから「ロボットアクションも(人間と)一緒だから。得意だからやれるよ」と言ってたんだけど、石川ちゃんは「人物設定が自分には向いていない」と言いだして……(笑)。もともとサッカー部のキャプテンという設定は決まっていましたし。だけど「サッカーなんて全然わからないし……」というんで、「好きなように変えてもいいから。主人公の名前とロボットが一緒だったら、あとは石川流でやってくれよ」と。少年サンデー編集部も石川ちゃんで描くというのは乗り気だったんですよ。『風魔孤太郎』を連載した実績がありましたから。だから石川ちゃんでいきたいというのもスムーズに決まったんですけど、本人が一番悩んでいた(笑)。

第3回 『ゲッター』サーガを生んだ石川賢という漫画家 

――そもそも永井先生と石川先生の初対面はどのような感じだったのでしょうか。

永井:彼が僕の仕事場にやってきたんです。当時はボロアパートで仕事をしていたんですけれどアシスタントに蛭田君がいて、アルバイトのホシ君もいました。ただ蛭田君が厳しいものだからホシ君が音を上げて、自分の代わりになるヤツを連れてこようということで、知り合いだった石川ちゃんを連れてきたんです。ただ石川ちゃんがきたとき、僕はネームをやるために外に出ていて。帰ってきたら蛭田君がそのことを教えてくれて「マンガを見てあげたけど、ちょっと使うのには無理がありますけどね」と言うんです。「でも原稿を一応見せてよ」と言ったら、たしかに絵は滅茶苦茶粗かった。でもャラクターがとにかくよく動いていて、とにかく面白味があって個性もあるなと。「これはすぐに伸びると思うから入れる」と蛭田君に言ったら「えぇー」と(笑)

――永井先生の現場に入ってみて石川先生はいかがでしたか。

永井:背景は下手だった。でも人物がいい。『馬子っこきん太』で山賊のモブを描いてもらったらこれがうまい。それで人物のほうに回ってもらうことになって。その後『あばしり一家』(69年8月10日号連載開始)の連載が始まる時は、「その他大勢は石川賢ちゃんに任せて共同でやる」と。それで『あばしり』が始まるんです。1回目から敵のヤクザみたいなのを沢山出して、それを石川ちゃんにやってもらいました。「これなら半分の労力で絵が描けるな」と(笑)。それで何とか連載することができました。

――永井先生からみて、石川先生はどんな漫画家でしたか?

永井:器用だし、筆は速いし。キャラクターをいつも沢山描いてもらっていたせいか、モブシーンが滅茶苦茶得意になっちゃってましたね。わざわざ自分でもモブシーンを作って描いたりしていた。とにかくキャラが動いているのが好きで、アクションの演出も上手です。彼の才能はつねに感じていました。

――「これが石川賢の世界だ」と実感したのはいつ頃でしょうか?

永井:やっぱり山田風太郎の『魔界転生』(1987年)をやった時じゃないでしょうか。あのあたりでは、かなり自分流のものができあがっていたんじゃないかなぁ。描き溜めしている絵も毎回すごく良いので「これは良い作品になるな」と思って、ときどき「どうなったんだろう」と見に行っていました。

――石川先生が『ゲッターロボ』を描いたことで、どんな化学反応が起きたと思いますか?

永井:あれによって石川賢がマンガ家として、編集者など出版関係の人たちにしっかりと認識されたと思います。それまでは連載や読切をやったとしていても、そこまでマンガ家として確立できたという感じではありませんでした。『ゲッター』でテレビに名前も載りましたし、各出版社も「石川賢という、永井豪とは別のマンガ家がいるんだ」としっかり認識したのだと思います。ダイナミックのマネージャーとしても売りやすくて、セールスがしやすくなったでしょうね。

第4回 広がりゆく『ゲッター』の世界 

――石川先生と最も密に仕事をされていたのは『ゲッターロボ』の頃なのでしょうか。

永井:いや、もう本当にずっと仕事をしていました、助けたり助けられたり。しょっちゅう飲みにったり、ゴルフに行ったり、帰りに送ってもらったり……。突然亡くなるまで、もう本当にずっと一緒でした。

――『ゲッターロボ』『ゲッターロボG』と続いて、その後、『ゲッターロボ號』(1991年2月連載開始)が改めて始まります。

永井:「『ゲッター』は石川ちゃん」みたいな感じで、基本はずっとお任せでした。『ゲッターロボ號』の時はキャラクター原案だけやりましたが、『ゲッター』のマンガは石川ちゃんにどんどん進めてもらえればいいやと。彼もいろいろな新しい設定を作っていって、敵も石川流にどんどん面白いものを考えてくれて良かったと思います。

――『ゲッターロボアーク』は連載中に読まれていましたか?

永井:通して読むというよりは原稿で見ることが多かったかなぁ。雑誌でちょっと見るけど、それも飛び飛びなんで、単行本になってから一応きちんと読んだりしました。そこで「こんな展開だったんだ」と初めてわかったり(笑)。例えばゲッター線というアイデアも最初は僕だけれど、その後の発展のさせ方は、石川賢のオリジナルを発揮してくれて。僕は「どんどんすごいことになっているな」と傍観者として見ていました(笑)。どんどん世界を広げていくれたのでいろいろなキャラクターが未だに生きてくれていることになったのは本当にありがたいです。

――アニメ『ゲッターロボ アーク』への期待を聞かせてください。

永井:予告映像を見せてもらったところ、たしかに石川賢のキャラクターが動いているなと感じられるもので、すごく嬉しかったです。これを本人に見せてあげたかったというのが一番の気持ちです。どんなに喜んだだろうかと思います。これが本編になれば僕自身も、石川賢を思い出しながら見られるのではないかと思います。ファンの方も楽しんで見ていただければうれしいです。

(了)

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